ひとり遊び~ナレーターごっこ~

こんにちは。ヒダリです。

 

私は、ひとり遊びが上手い。

 

ここで今さっきまでやっていた私の最新ひとり遊びを紹介する。

それは、、、「ナレーターごっこ」だ。

現在転職中の私は、コピーライターの養成講座の資料を読んでいた。

ただ読んでいたのだがいつの間にかナレーターごっこになっていたのだ。

ひとりで部屋にいると、声を出したくなる瞬間がある。それが今だった。

資料の「はじめに」のページを声に出して読んでみる。とても思いのこもった文章(ライターの養成講座だけに)なのに、私が読み上げるとただの音読になる。機械のようだ。

こんなことではライターを目指し養成講座を受講する未来のコピーライターに届かない!!

そんな使命感にかられた私はiPhoneのレコーダーを取り出し、自分のナレーションを録音してみた。

 

一回目。

まるで棒読みだ。せっかくいいこと書いてるのにこれじゃあ受講しませんよ?思いが伝わってこないね!だいたい何言ってるのかもよくわからん。

心の中のディレクターのダメだしを聞き再度挑戦する。

二回目。

声が大きくなっただけなんじゃないの?人に聴かせる・響かせるということがわからんのかね?耳じゃない!心に語りかけるんだよ!!!

心の中のディレクターも指導に熱が入る。

三回目。

うんうん。何を言ってるのかはわかった。でもねえ、これだったらキミに頼む必要ないわ。もう帰っていいよ。

心のディレクターは私のやる気を試し始めた。

四回目。

五回目。

六回目。

 

七回目にして、心の鬼ディレクターからやっとOKが出た。

自分でも満足行く出来である。

声色というのは大きさや緩急だけでなく表情や動きによっても変わってくるらしい。

今回のひとり遊びではたくさんの学びもあった。実に良い時間だ。

 

と、資料請求してまで手に入れた資料の「はじめに」を読み込んだ無職の私は、気持ちのいい満足感を手に入れ冊子を閉じ、はてなブログを開いたのだった。

 

この女の再就職までのお話はまだ続く。

 

 

最後まで読んでくださり感謝申し上げます。

ヒダリ

 

コロナ禍で安泰企業を退職したアラサーのお話。

こんにちは。ヒダリです。

半年ほど前に、会社を辞めたいというブログを書き、webライターを目指して毎日ブログを書くぞーっと意気込んでいた27歳の女性はまっったくブログを更新することもなく28歳になりました。。。


6月現在。

私は晴れて無職になった。

5/20付で退職したのだが、4/1からは有給消化で2ヶ月弱ちゃらんぽらんしていた。

会社の先輩方や同期には、次が決まってないのに辞めるの?!!?コロナ禍で?!?

と、言われ続けてもう慣れた。

4/1からの有給消化期間は、夢のようだった。会社には行かなくていい。だがしかし私は会社員で、給料が入ってくる。

転職したら今よりお給料がもう少し貰えて、やりたいことがやれるおしゃれな会社に行くんだ!!

と、舞い上がっていた。

おしゃれな会社に勤めるなら、おしゃれな暮らしをしなければ!

有給消化中の女は、格安社員寮から都会のオートロックマンション(コンクリート打ちっぱなしお洒落部屋)へと引っ越した。

引っ越しに伴って、洗濯機を長年憧れたドラム式洗濯機に買い替えた。

どうせなら最新式だ!!と、23万円の洗濯機をクレジットカードで一括で購入。(引き落とし時には無職ということを考えていない)

お洒落なカフェでモーニングを食べたり、平日の昼間に改めて京都寺院を観光してみたり。

有給休暇は物凄い速さで消化された。

5/20 退職。

5/21からの私はつい昨日までの私では無くなっていた。

あらゆるところで私は無職か、、と考えるようになった。

歯医者さんの初診でのアンケートで無職に丸を付けながら、金を稼いでないのに歯を治すのか。働かざる者食うべからずなのにな、、

とか思いながら治療していた。

無職かあ、と思うと少しばかり気が滅入るが、なぜなのか。まだ焦っていないのだなぁー

28歳

まだまだ若いと思う。

今の私が26歳の時の私に、もう26だし、、、!とか言われたら、何言ってんの??まだ26じゃん!なんにでもなれるよ!!って絶対言う。

だから28歳の私は、たぶん今30歳の私に、なんにでもなれるよ!!って言われてると思うんだ。

これからの人生の中で今が1番若いもんね。私は焦らないぞ。


ここまで読んでくださり感謝します。


ヒダリ

部屋に誰かいる…?

今週のお題「怖い話」

こんにちは、ヒダリです。

 

今日は私が体験した2018年の夏の話をしたいと思います。

皆さんも、くれぐれも気をつけてください。

 

私は石川県の田舎町で育ちました。

田舎だからなのか、うちが特別危機感が無かったのか?基本的に夜寝るとき以外は家に人がいるいないに関わらず玄関の鍵は開いています。

家族が自由に出入り出来るし、誰か知らない人が勝手に家に入るという概念がありませんでした。

 

今は関西で就職し、会社の社員寮(オートロック付き)で暮らしています。

オートロック付きだし、住んでいる人はみんな会社の人たち…もう実家も同然じゃん?!と、私は自分が家にいるとき以外鍵をかけず実家スタイルで過ごしていました。

 

ある日、家に財布を忘れ昼休みの間に部屋に戻りました。

すると

……??!

なんと鍵がかかっていたのです。

 

(いつもは鍵かけないで出るけど、今日はたまたま鍵かけたんだっけな?)

鍵を探す私。

見つからない鍵。

(いやでもかけた覚えがない。)

 

頭の中が?でいっぱいな中

とりあえずこれでは部屋に入れない為、鍵を無くしたので合鍵を貸してほしいと会社の総務部に連絡し鍵を借りてきました。

 

会社に戻って鍵を借りてから自分の部屋に戻るまで、私の頭の中では渡辺直美さんがバラエティ番組で話されていたことが思い出されました。

 

渡辺直美さんも鍵をかけずに出かけることがあったのだとか…

ある日いつもは仕事に出ている時間帯にたまたま部屋にいたところ、インターホンも鳴らずにガチャガチャガチャっと玄関の扉を開けようとする音が。

ドアスコープからこっそり覗くと、知らない男の人が

「あれ?いつもは開いてるのになぁ」

と、言って立ち去った。

 

 

ところで今の私の状況。

 

鍵を開けたまま出たはずの自室(一人暮らし)の部屋の鍵が…何故か?かかっている……?(内側から鍵がかけられている?)

 

 

え?

 

もしかして

 

部屋に

 

誰か

 

いる…??????

 

私が部屋を出た後で、誰かが私の部屋に勝手に入っている。

なんなら、いつも開いていることをしっている"その人"は日常的に私のいない間に部屋に入り過ごしており、いつもはいないはずの時間に私が帰ってきて…

今部屋の中の"犯人"も焦っている…???

 

ゾッとしました。

 

毎日毎日、私は"誰か"が過ごしていた部屋に帰り、私が部屋を出た後"誰か"が私の部屋で過ごしていたのだとしたら…

 

心臓の音がドクドクと鳴っている中、せめてもの抵抗でビニール傘を片手に合鍵にて自室の鍵を開けました。

 

カチャ…

 

ゆっっくり玄関のドアを開け、目を凝らしました。

 

人の気配、なし。

物音、なし。

 

窓から逃げたのか…?

 

だけど部屋に入っても人影は無く、荒らされた形跡もありませんでした。

盗聴器とか隠しカメラとか仕込まれてたりして…

どんどん疑心暗鬼になりながら、きちんと戸締りをし、総務部に合鍵を返しに行きました。

 

事件性があるのであれば、会社へも報告しなければならないな…

そんなことを考えながら総務部へ。

 

私「鍵、ありがとうございました。すみません、ちょっと気になることが…」

 

総務「あ、鍵見つかったんですね!良かったです!…あとこれ今日の点検表です!」

 

…今日の点検表?

 

私が渡されたのは、定期ガス点検の点検表でした。

 

ん?

 

そこで私の時は一度止まり、頭の中が高速フル回転、ここ1週間ほどの記憶を遡りました。

 

 

"3日後、定期ガス点検があります。総務部立ち会いのもとマスターキーで各部屋に訪問し点検を行います。立ち会いたい方はご連絡下さい。"

 

3日前に総務部から送られてきたメールが思い出されました。

 

つまりこうだ。

 

ガス点検の為、部屋に来た際に

もともと開いていた私の部屋も施錠されてしまったと。

 

なーーーーーんだ!!

よかったぁ〜〜、びっくりしたぁ。

 

安堵しました。

 

またこんなことあってはいけないな!と思った私は相変わらず鍵はかけてませんが、鍵は持ち歩くようになりました。

 

それからは1度も鍵が閉められてることはないので、安心しています(^^)

 

でもそろそろ引っ越そっかな〜、

私平日は夜寝に帰るだけだし

休日も遊びに行ったりするのに

この部屋、毎月何故か一人暮らしではないだろ!ってぐらいの電気代かかるんだよな〜

 

 

……なんでだろ?

 

 

 

 

 

 

 

平成4年生まれ、夏うた。

今週のお題「夏うた」

こんにちは、ヒダリです。

初めてはてなブログのお題に応募してみます。

 

さて、「夏うた」について。

私は平成四年生まれの27歳です。

2003年に小学校入学

2009年に中学入学

2012年に高校入学

青春時代は平成後期です。

 

最近、5歳下の新入社員が会社に入社してきました。

車内で、気を利かせて夏うたをかけた私。いまいちノってない新人。

 

RIPSLYMEの楽園ベイベー。

 

YO!派手な化粧 俺と決闘 夏のパッション ペイアテンション

文句のないシチュエーション、、、、

 

文句、、、、あります???

 

文句はないだろうが、少なくとも私と同じパッションではなかろう。

私でさえ楽園ベイベーが発売された2002年で幼稚園だもんね、、

私の中では夏の定番です。

 

2018年でリップスライムは解散しています。

新入社員は「名前は聞いたことあります」と言っていました。

 

ああ、きっと

大塚愛プラネタリウム

aikoの花火

KinKi Kids夏の王様なーんて

聞いて育ってないんだろうな。

 

夏うたっていつ聞いても青春時代に戻るというか、、

青春時代に聞いてたうたを共有できると、すごく一気に親近感が湧きますよね。

 

だから私は聞きますよ。

Mr.GreenApple 青と夏。

若い子と仲良くなりたいので!!!

 

退職まで3ヶ月だと気づいたアラサー

こんにちは、ヒダリです。

 

昨日のブログで書きましたが、ずっと転職したいと思っていた会社を年末で退職することになりました。

転職したいしたいとは言っていたものの、今までしていた営業職は絶対したくない、やりたいと思える仕事をするんだ!!と意気込んでここ1ヶ月ほどで転職サイトの閲覧を始めましたが私が興味を持つ業種(web系)は大抵の場合、実務経験が必須項目であり、なんの経歴もない自分では応募も出来ないという状況なのです、、、

 

未経験okの企業には応募が殺到するだろうが、もちろん経験者が採用されるのだろう。と

 

うーん、

 

昨日、webライターという職業について調べていましたが、考えてみればwebライターの経験というのは今からでも出来るのではないか??

 

ということでこれから毎日ブログ書いてみます!

とりあえず書いてみて、、経験と呼べる(かもしれない)ライティング経験をつもうと思います。

 

 

ライティングが日常になれば、ライターになった暁にもプラスになるでしょ?

 

ということで、宜しくお願い致します!

 

6年勤めた会社を辞めて転職する27歳独身女性の話。

こんにちはヒダリです。

 

「...じゃあ、11月20日で。」

 

これは先ほど、私が会議室で上司に言われた言葉である。

 

私は、大学を卒業後から新卒入社で入った商社で今現在6年勤務している。

商社の営業として働いているが、入社当初から仕事の内容は全く興味が無かった。

大学のある京都にそのまま就職。

社内の人間の感じも良く、若い人が多い楽しそうな会社。

あとは地元が遠い私にとって格安で住める社員寮があることはとても有難かった。

 

営業といってもルート営業で社員のひとも得意先のひともみんな優しく

ぬくぬくと年数を重ねた私は、日々のルーチンワークをこなし適度に

融通の効く「中堅」ポジションに甘んじていた。

 

仕事内容は正直言って楽だった。ある程度できるようになると

ひとりでまわる営業は時間の融通がかなり効く。

出社さえすればこっちのものなのだ。

 

だけど私はイマイチ、「モノを売る」「金を動かす」ことに興味が持てなかった。

商社は商品を仕入れ、利益をのせてエンドユーザーに売る仕事。

安く仕入れ高く売ることになんの喜びも感じないのだ。

 

転職は入社当初から考えていた。

とりあえず3年働いてみよう。社会経験だと思い、ポンコツながら先輩にフォローして

もらいなんとかこなした3年。

 

弊社は社員旅行が4年に1度。(オリンピックか?)

毎月の給料から天引きされる費用がもったいないので社員旅行まで続けようと

気づけば4年目が過ぎ、タイに行った。(ゾウにも乗ったしトラも撫でた。)

 

5年目、お世話になっていた直属の先輩が寿退社した。

3年目ごろから伸びていた数字の調子が良く、回りから褒められるようになっていた。

もしかして私出来る子??とこの頃調子にのっていた節がある。

 

そして6年目、仲良く切磋琢磨(と言うほどでもない、会社の愚痴で毎日盛り上がっていた)

していた同期の女の子が結婚を期に総務部へ部署異動した。

そのあとすぐ、もうひとりの同期の女の子がショールームに転属希望を出していたことを知る。

(引き止められて今は営業にいるが。)

そのようなことで、やっと、みんな自分の人生を考えて生きてるんだ、、と思うようになった。

もともと仕事内容は全く興味がないし、転職したいという気持ちは6年間ずっと持っていた。

だけど決定的な気合とか、思いとか、焦りや希望は無かった。

仕事は楽しくないもの。生きていくために金を稼ぐもの。だからしょうがないね。と

思っていた。

慣れた環境で、適度にお金をもらえて楽な仕事。いいじゃないか。転職とか不安だし

めんどくさい。

 

 

、、、そんな中、いきなり世界が変わった。

 

いつ死ぬかわからない恐い病気に怯え、家に閉じ込められる日々が始まった。

世間では飲食関係やイベント関係の会社が立ち行かなくなり倒産し、派遣社員は仕事が

なくなっていく現状があった。

その中で、弊社は打撃を受けず、むしろ需要上がったかもしれない。

安泰の会社だった。

こんな状況の中、安定してお給料がもらえて、家を追い出されない。

「いい会社に入ったね。」

地元の母に言われた。

もちろんそうだ。有難い。安心した。

 

でも、一切心が動かないこの職業を続ける毎日は

なんのために生きているのかわからなくなった。

 

周りには結婚するまで仕事するといっている同期や

結婚し子育て中、無理なく働きたい主婦、一家を養う大黒柱の先輩社員がいた。

 

私は独身の27歳で、こどももいない。近々結婚して子供が欲しいという願望もない。

 

気づくと私はとても自由だった。

なんでもできると思った。

やってみたいと思うこと、やってみよう。やりたくないこと、やめよう。と、思った。

 

「来年の5月までに、転職しようと思うんです。」

こう口に出して仲の良い先輩に言ったのは2月ごろだったか、、

 

不思議なもので、思いは口に出すと加速する。

 

毎日早く新しいことしたいと思っていたところ、今日、先ほど

上司に会議室に呼ばれた。

 

地元に帰りたいのか?俺も娘がいるからわかる。ご両親も帰ってきてほしいだろう。

ちょうど新入社員も配属決めないといけないから。君の後任としてひとり選出するよ。

 

時間にしてわずか10分。

 

「じゃあ、引き継ぎして11月20日づけで退社という風に考えておくから。」

 

あtttttttttっという間に、退職が認められた。

もっと理由を根掘り葉掘り聞かれたり、引き止めたりされるのかと思っていたので

拍子抜けして、本当に辞めていいのか不安になったのでこのブログを書いて

気持ちを整理している。

もうすぐ書き終わるが、だんだん不安な気持ちからわくわくドキドキ感が増えつつある。

 

このご時世、将来のことを考え、安定した職を選ぶ人もたくさんいると思う。

そっちのほうが全うかもしれない。

私は、その環境では将来のことも考えられなかった。生きている意味がわからなかった。

私は生きるために会社を辞める。やってみたいことをやる。

何かに向かって生きてみる。

 

余談だが、来年の5月と言ったのに今年11月になったのは

会社は辞める人間に1円も金を渡したくないので12月のボーナスまでに

やめさせたいかららしい。

この話を聞いて「こんな会社辞めてやる!!!」と、思ったらもう辞める約束をしていた。

(辞めれて良かったね)

 

最後に。

転職活動の中でwebライターの職に興味を持ったので手始めにこのブログを

書いてみたのだが、文章を作ることはなかなかに楽しい。

考えながらパタパタとキーボードを叩くのは快感になりそうだ。

オラ、わくわくすっぞ。

以上、独身アラサー女の人生の小さな岐路の話でした。

読んでくれてた方に感謝申し上げます。

 

ヒダリ

 

 

ジャニーズ沼にハマることによる購買意欲のあれこれ。

はじめまして。ヒダリです。

今日は26歳にして初めてジャニーズというものを知ってしまった女の話をさせて頂こうと思います。

私は生まれてから、ジャニーズというものをほとんど意識したことがありませんでした。

SMAPぐらいしかメンバー全員の名前言えなかったんじゃないかな。

そんな私ですが2018年の11月頃、なんの番組だったかは覚えていませんが、何かスペシャルの歌番組で嵐が歌い踊る姿を見て、今までボヤッとしか認識してなかった嵐に対して、「嵐ってこんなに踊るんや、、ふーん。」少し興味が湧いてきました。

嵐は知ってるけど、松潤…櫻井くん…ニノ…あと2人だれ?てゆうか嵐ってもう19年もやってんの?あ、バラエティもやってるんや!ダンス曲多いん?

というとっかかりから、動画サイトやSNSにより世界中のアラシックが作り上げた嵐沼にズブズブと沈んで行きました。

一度片足突っ込んでしまうと、もう抜け出せないぐらい毎日毎時間毎分毎秒、嵐のことが気になって知りたくて仕方ありませんでした。

先輩アラシックの皆さんのSNSでの動画、そしてそれに書いてあるコメント(というかもはや考察)などによって嵐の歴史や関係性、特性など勉強の日々でした。

色々と割愛しますが、その後嵐からキンプリ→ジャニーズWEST関ジャニと派生してそれぞれの勉強に励みました。

飽き性で長年趣味というものが全く無かった私。物欲もどちらかといえば無い方でした。

最小限・最低限・安価なもので済ませたい。そういう性分でした。

しかしそれからというもの

今まで使っていた録画機能無し24インチのテレビを捨て、ダブル録画機能付き49インチテレビへの買い替え。(部屋は8畳ワンルーム)

テレビの主張がやたら激しい部屋になりました。

[約12万]

量販店で買ったDVDプレイヤーを捨て、スーパーブルーレイプレイヤー(スーパーブルーレイディスクというブルーレイディスクより更に綺麗な映像になったディスクを再生できるプレイヤー。ただし現在スーパーブルーレイディスクで市販で出回っているものはないらしい)

[約3万]

ライブdvd やスーパーブルーレイプレイヤーを収納出来、49型のテレビを乗せる為大きめのテレビ台を購入。

[約2万]

関ジャム完全燃焼のまるちゃんの演奏を見て全くの初心者ながらエレキベースその他周辺機器を購入。

[約4万]

嵐5×20第4希望当選により決まった北海道遠征費(まだ行ってないので予想ですが)

[約15万]

現在2019/9/8であり、私がジャニーズに興味を持ってからまだ1年と経っていないのですが。

それっでも、これだけの予算がかかっている…

つまりは、長年ジャニオタとして誇らしきオタ活をしている先人たちはいったいどれだけの大金をはたいているのだろう…と。

最近思います。

オタクは世の経済を回してるよなって。

しかし気持ちがいい。

今まで大した情熱も趣味も物欲も無かった私にとって、どうしても欲しいものがある。そしてそれをお金で手に入れることが出来るということが、すごい快感なのです。

好きだと思えるものに出会えたことに感謝。

ありがとう!!

以上。

テレビ大好き26歳女性(会社員)